ドビュッシー:3つのソナタ、小組曲、6つの古代碑銘他(再プレス)

ドビュッシー:3つのソナタ、小組曲、6つの古代碑銘他(再プレス)
一方ドビュッシー最晩年の三つのソナタは、形式的にも内容的にも最高度に洗練された、神秘性さえ感じさせる逸品揃いです。発売当時に大好評を得たシリーズですがその後は生産中止となり入手が困難でした。ピアノ連弾曲に基づく「小組曲」と「6つの古代碑銘」、そしてハープのための舞曲による「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」は、「印象派」という言葉から思い浮かぶ繊細な響きが魅力的です。
フランス音楽とバロック音楽の名門エラート社が最初のLPを発売してから50周年目の2003年に、これを記念して50タイトルを選び、オリジナル・マスターから96KHz/24bitテクノロジーを使って全点新規にリマスターして発売された日本限定企画のエラート・アニヴァーサリーシリーズ。
今は亡きランパルのフルートの音色は素晴らしい。
カラヤン/グレイテスト・ヒッツ

カラヤン/グレイテスト・ヒッツ
宝石や音楽がお客様の生活の中の喜びや潤いになり、愛情を伝えるものとして夢や心の満足をお渡しできれば幸いです。宝石&音楽−それは神様が人を幸せにするために創られたものです−私たちは、商品を通してお客様一人一人の豊かな生活に貢献できることを願いとしてるのかも?
カノンやアダージョ等、バロックの名曲から、木星、ボレロ、ツァラトゥストラかく語りき等、近代の名曲まで、誰もが知っている名曲の数々が、世界最高と謳われた輝かしいオーケストラ・サウンドで堪能できる大変贅沢なアルバムです。指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908−1989)が2008年に生誕100年を迎えるのを記念して、ドイツ・グラモフォンとデッカ・レーベルに残された偉大な業績を集大成しリリース。
そこからはまさに快進撃といったかんじで、録音も膨大に行われた。カノンやアダージョ等、バロックの名曲から、極めつけのオーケストラ・ナンバーを2枚組にまとめた内容。帝王カラヤンが残した膨大な録音から、極めつけのオーケストラ・ナンバーを2枚のCDにまとめました。WIDTH="11" HEIGHT="1">作品紹介帝王カラヤンが残した膨大な録音から、極めつけのオーケストラ・ナンバーを2枚のCDにまとめました。
ニューイヤー・コンサート2008

ニューイヤー・コンサート2008
また『美しく青きドナウ』の冒頭が演奏されると一旦拍手が起こり演奏を中断、指揮者およびウィーン・フィルからの新年の挨拶があり、再び最初から演奏を始めるのもならわしですね。日本人が会場に多いのは非常に有名であるが、この高額なプレミアを支払う財力はもちろんのこと、日本企業がウィーン・フィルやオーストリアとの密接なビジネスパートナーである一つの証明でもある。
2007年はメータが「ルーマニアとブルガリアの欧州連合加盟を歓迎しちゃうんだよ」という挨拶を英独・現地語他で行った(この両国には、いずれもドナウ川が流れている)。新年の初めであり会場の観客は正装をしているが、新年を祝う気軽で陽気なコンサートですね。たとえば、2002年のコンサートではウィーン・フィルの楽員に縁のある国の言葉で新年の挨拶を述べるという形で行なわれた(日本語での挨拶はコンサートマスターのライナー・キュッヒル(妻が日本人)が行い、小澤は中国生まれのため中国語で挨拶した)。
クラウス時代には『美しく青きドナウ』や『ラデツキー行進曲』など、人気曲の演奏開始早々に聴衆の拍手喝采と大歓声で演奏が中断されてしまうというハプニングがしばしばあったようですね。
サン=サーンス:交響曲第3番

サン=サーンス:交響曲第3番
デュトワ&モントリオール響が毎月のように新譜を出していたころの録音。木琴がこれほど大活躍する曲は意外にクラシックにも少ないのでとても楽しめると思いますよ。瑞々しさありパワーもあり、ハーフォードのオルガンは別録音のミキシングとはいえぴったりです。特にフランスやロシア物は得意で、サン=サーンスのオルガン交響曲も整ったとても美しい演奏でお勧めです。
常に一定以上の演奏をして期待を裏切らない指揮者です。死の舞踏も、動物の謝肉祭も同じくとても美しい音楽に仕上がっています。
ワーグナー:名演集

ワーグナー:名演集
久しぶりに聴いてみた所、「ヴォータンの魔の炎の音楽」の箇所で冷静にいられなくなり、これまではアラばかり気にしていたのが「OK。桁外れの個性を持った指揮者の芸風は、悠然とした風格をもち、変幻自在に緩急を操る。巨人指揮者クナッパーツブッシュは若い頃からワーグナーを得意としており、バイロイト音楽祭やバイエルン国立歌劇場で伝説的な名演奏の記録を刻んできました。
クラシックに対して元々浅学とはいえ、今までの私は一体何を聴いていたのでしょう?・・確かにテンポのズレや不安定さはあるかもしれませんが、音楽に正という定義はないのであり。名演集1が「神々の黄昏」に焦点を当てているのに対して、こちらのほうは「さまよえるオランダ人」と「タンホイザー」の序曲が収められており、どちらも彼の芸〜〜風が遺憾なく活かされ、壮大、豪快などの言葉がぴったりと当てはまる名演ですね。
2006年03月07日最高!"どの曲も凄いが、やはりどなたかも書いている「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」の冒頭は何といっても聞きものでしょう。ただ、やはり残念なのはモノラルであり音の響きが少し足りないところだと思います(メンゲルベルクのタンホイザー序曲のようにモノラルながら絶対的な迫力を醸し出す世紀の名盤もあったそうですが、あれは例外中の例外でしょう。
ワーグナー:楽劇「ニーベルングの指環」~オーケストラル・ハイライツ

ワーグナー:楽劇「ニーベルングの指環」~オーケストラル・ハイライツ
最初は指環を乙女たちにあげるつもりになっていたジークフリートだが、乙女たちが指環の呪いの話を始めるにおよび、彼女たちの脅しととって翻意するのです。彼女は指環の力で我が身を守ろうとするが、本来は夫であるジークフリートには何の効果もなく、逆に指環を奪われてしまう。
昨日、KiKi はこのエントリーでこの物語には「善と悪の対立軸」がないと書いたけれど、まあ、見方によればアルベリヒやハーゲンは悪に属するのかもしれません。寝ているハーゲンの夢の中に彼の父親、アルベリヒが姿を現し、指環を必ず手に入れるようにと迫る。ハーゲンとグンターはジークフリートの指にはめられた指環の所有権を巡って争い、グンターは殺害される。
ハーゲンが指環を取ろうとすると死んだはずのジークフリートの手が高々と上がり、思わずハーゲンはひるむ。彼女は神々の世界が危機に瀕していることを語り、アルベリヒの呪いから逃れるために指環をラインの乙女たちに返すことを懇願するが、ブリュンヒルデはジークフリートとの愛の証である指環を手放すことはできないとこれを拒否。
基本的にはジャネレーション交代…・というか種族交代のドラマではあると思うんだけど、でもそこで誰が、どんな種族が次ジャネレーションを担えども引き継ぐべき「美徳」のようなもの…・。
ブラームス:交響曲第4番

ブラームス:交響曲第4番
オーディオ畑で評価の高いエクストン録音にしては多少解像度が物足りなく思えたが、これはオケの音づくりにも関係がありそうですね。もとよりこの演奏には、そうした偶然さえプラスに作用させてしまう、ワルターの至高の芸格が燦然と屹立している。以前ワルターが指揮したブラ四は常にもう少し速く流動的なテンポ設定だが、ここではじっくりと遅めで、インテンポに近くなっている。
これを聴いてブラ四が好きにならなければ、多分この曲とは縁がないと判断しても恐らく間違いがないとまで思わせる。曲自体は枯れ切った観だが演奏には老指揮者の最後の意気込みみたいなものを感じてしまう。コロンビア交響楽団は引退したワルターのために設立された寄せ集めオーケストラだが、指揮者を敬い、その芸術の全てを再現させようという集中力には舌を巻く。
録音がステレオになってワルターの演奏を聴けるのはクラシックファンにとって大きな財産になりましたよん。それらが曲の魅力をさらに引き立たせ、さらにワルター本来の優美なカンタービレが十全に生かされる結果となり、ここに珠玉の名盤が誕生しているのですね。この第四番に代表されるようにブラームスの音楽は、年をとって青春時代を回想するような感傷的、センチメンタルな性格を有している。
ブラームス:交響曲全集

ブラームス:交響曲全集
確かに四番の出だしのHの音をどう再現するかでこの曲の印象は全く違うし、序盤の勝負どころですね。このディスクには、どの曲が何日に演奏されたかの記載がないが、「レコ芸」の紹介記事によれば、次のようなプログラムであった。ブラームスの交響曲はいずれも非常に奥が深く、私も色々な演奏を聴いてきましたが、「これが一番ですね。
あまりにも高度に整理されすぎた彼の演奏は、四番などには向いていないが、ちょっと地味に見えるこの二番などを見違えるようにシンフォニックな演目に変えてしまう魔力を持っている。私はこの曲の同曲異演盤を20種類程持っているが、往年の大指揮者達の演奏はそれぞれ素晴らしく、とてもベスト盤を絞り込むことが出来ない為、以下に数種類をあげた。
それにしても、同じコンビで全集が出ると期待したのは、筆者だけではなかったと思うが…もし出ていれば、不動の名盤の地位を確立したであろうに、なんとも残念ですね。よって、古典的フォルムを重視した硬質な演奏のほうが「当たり」の確率は高い。 なお、録音は各楽器の音色がそれぞれはっきり分離し、特に弦の表情など鮮やかで生々しく、大変リアルで聴きやすい。
ウイーンフィルのふくよかな音色と、バーンスタインの繊細さと大胆さの両方を完備した指揮が、堂々として美しい演奏を構築している。
ベスト・オブ・ベスト バロック名曲[全84曲]
ドヴォルザーク:交響曲第9番

ドヴォルザーク:交響曲第9番
第1・3楽章の素朴なスラブ民族的な旋律を歌わせると、チェコフィルのオーボエ・フルート・クラリネットを初めとする木管パートの演奏はほれぼれするほど見事ですね。どちらが原曲に近いかは素人の私には理解の及ばないところではあるが、まずはじめに、この曲を選ぶとしたらチェコフィルハーモニーをお奨めしちゃうんだよ。
好みが分かれるところだが私はコブシの利いた演歌調のカラヤンよりは淡々とはしているがドボルザークの思いがヒシヒシと伝わってくるチェコフィルがいい。カラヤンのベルリンフィルが有名な、この曲だが私個人としてはチェコフィルが好きですね。バーンスタインがニューヨーク・フィルの音楽監督になって4年目の脂ののってきた頃の演奏。
チェコフィルの持つ華やかながら、どこかもの悲しい響きは、ドヴォルザークを演奏させると他のオーケストラの追随を許さない。後年次第にテンポがゆっくりになってきたバーンスタインだが、緩急つけ、速い部分での熱のこもった推進力、ゆっくりした部分での表現力のバランスが実に見事。
数あるチェコフィルの『新世界より』の中でも、この部分の演奏はこのアルバムが絶品ですね。旋律・テーマが、様々な楽器によって引き継がれつつ進む様は、夜明けの薄暗さから色彩がはじけ、交じり合うイメージですね。
ブラームス:交響曲第1番

ブラームス:交響曲第1番
カーゾンは澄んだ美音のうちに作品の本質を見事に浮かび上がらせるピアニストで、独墺系の古典派やロマン派の作品に優れた解釈を示しました。ブラームスの協奏曲は華やかな技巧よりも作品に内在する抑制された沈鬱感を見事に表出した演奏で、セルの指揮する緊迫感に満ちたオーケストラにも圧倒されます。
端正ななかにも深い精神性をたたえるカーゾンのピアノと、緊迫感みなぎるセルの指揮。右のボタン画像をクリックし、手順に従ってインストールしてください。
ベートーヴェン:交響曲全集

ベートーヴェン:交響曲全集
筋骨隆々の下にはある種の柔らかさがあるが、大部分においてカラヤンは例の強烈な統率力を発揮し、抒情的な要素と動的な要素のバランスを維持している。それに比べれば,80年代の全集ははるかに硬い表現で,オケの音質もシャープだが厚み不足。ドイツの名門シュターツカペレ・ドレスデン全盛期のサウンドをアナログ完成期の名録音が見事に再現する注目度高い全集セット。
音をこれでもか、という程磨きに磨いた演奏は、他の追従を許さない。NDRのオリジナル・マスターは、テープに刻まれた音の新鮮さにおいて群を抜いていており、このマスターの音質を忠実に再現することに細心の注意力がはらわれました。彼の解釈には大いなる感情も、葛藤も、精神的解放感もないけれども、大いなる美しさと気分を浮き立たせるものがあることは確かですね。
少なくとも彼は、心理学や実体よりも、音の豊かさやテクスチュアの重みにより多く関心があるように見える。ここのところ全集といえばジンマンやノリントンといった古楽系が幅をきかせていた(というより他に演奏も録音も良いというものが無かった)が、これでトップの位置が確定したようですね。
録音時期によって多少の差はあったそうですが、どれもアナログ完成期の名録音といえる水準の高さです。
Rhapsody in Blue [Hybrid SACD]
R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」

R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
シュトラウスは『薔薇の騎士』を境にそれまでの前衛的手法から一転、保守的傾向を強め、当時興隆しつつあった新ウィーン楽派などとは一線を画す路線を歩み始める。終戦後とその死終戦後、裁判の被告となったこともあり、表だった活動は控えていたが、周囲からのすすめもあり、ロンドン公演を実施している。
一方、交響詩『英雄の生涯』はさらに脅迫的な迫力を持ち、「英雄」というのが作曲者自身であるか否かといった議論はさておき、確かに自己顕示的な印象を与えかねない要素はあるにせよ、スポーツ観戦のようなスリルと興奮を味わうことのできる作品ですね。一方は、彼が第三帝国の帝国音楽院総裁であったこと、当局の要請に応じ音楽活動を行った事実を指摘し、この時代のシュトラウスをネガティブ的にみる見解。
この革新的傾向はシュトラウスに決定的な影響を与え、1889年に初演され、彼の出世作として最初に成功した作品、交響詩『ドン・ファン』(Don Juan)が生まれた。ただし、聖書を題材にしていることや、内容的にもエロティックな面もあり、上演禁止になったところも多く、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場がこの作品を公開すると、聴衆の怒号の余りの激しさに、たった1回の上演で公演中止になったほどであった。
ウィーン・フィル / ヨハン・シュトラウス、ベスト・オブ・ワルツ&ポルカ

ウィーン・フィル / ヨハン・シュトラウス、ベスト・オブ・ワルツ&ポルカ
昨日の楽友協会での小澤さんのウィーンフィル聞いてきました。 団員もさ、「小澤は好きだが彼の音楽は底が浅い。 なんでもかんでも裏猫連で占領するなよ。 彼の弟が今日の名曲クラシックにでていた。 芸術とか精神とか美、感動などという範疇はすべて「形而上」の領域に存ずることは議論以前のモンダイ。
ラトルは今後の音楽界の流れを踏まえて、ウィーンフィルが古楽的演奏したということに価値がある。 ファンも確かにそうかもしれんが、アンチの方もな。 多いことが世間的には一流であることの証明だしね。 アルペンも英雄も、まるで子供の頃の夏休みの思い出のように、意気揚々として明るく楽しげで…。
シューリヒト、基本的に好きな指揮者なんですが、パリ・オペラ座とのモーツァルトだけは何度聴いてもピンときません。どちらかというと、昔のタテのりバリバリだった時の方が好きなんだよ。 終楽章を見て、若いときはホントに凄い指揮者だったんだなあと思った。 漏れは、パリ音楽院とのベト全集と、パリ・オペラとのモツです。
オザワが国立歌劇場の音楽監督になったからって、ウィーンフィルでベートーベン、ブラームス、モーツァルトの演奏をするかってのはわからんぜよ。
ベートーヴェン:交響曲第7番&第8番

ベートーヴェン:交響曲第7番&第8番
この楽章の細部の多様な側面が次々と明らかにされ、それらが有機的に作用し全体のなかでしかるべき意味を発している。そのため1番2番は強すぎ、エロイカなど、葬送行進曲と言うよりサハラ砂漠を戦車隊が進撃しているような感じで、以前LPで聞いた時と比べると、違った感じがするのです。
しかし、彼はなにもやみくもに厳しい言葉をはいていたわけではなく、このCDで聴ける様に隅々までゆきわたってテクスチャーを歌わせるため彼の芸術家としての良心ゆえと思えます。私はそれらの録音を隈なく聞いたわけではないが、代表的な演奏は幾つか聞いてきた。さりげなく剛毅華麗な演奏を繰り広げるバックハウスや、シャープなのに豊かな音楽をスマートに聞かせるグルダとも違う、「貴族的完ぺき主義の使徒」としての輝かしい演奏といえよう。
第二楽章は一貫して硬質な音色で純度の高い演奏ですね。彫像を思わせる硬質で厳格な造型には、燃焼度の高い熱情が常にあふれ、強靭なカンタービレ表現と相まって熱いパトスを世紀を越えて伝えます。2CD、第七第八と第九でこの値段というのも良心的だと思います。この巨大な曲にして、一歩も譲らないヴァントの明晰かつ完璧な9番のスケルトンが、他の指揮者の力量を丸映しにするのです。
ホルスト:惑星

ホルスト:惑星
黄道12宮を金羊宮(おひつじ座)から始まる伝統的な順番に並べるとその守護惑星は、重複と月・太陽を無視すれば楽章の順序に一致するのです。「火星」と「金星」の順番が逆なのは、最初の4曲を交響曲の「急、緩、舞、急」のような配列にするために、ホルストが意図的に順番を変えたのだとする意見がある。
楽器編成の厳守(アマチュア団体の演奏に限り編成の縮小を認めた)から抜粋演奏の禁止まで提示しており、死後も遺族によって守られてきた。構成作曲当時太陽系の惑星として知られていた8つの天体のうち、地球を除いた7つの天体(すなわち水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星)に、曲を1曲ずつ割り当てた、全7曲で構成される組曲ですね。
予てよりホルストは、作曲家アーノルド・バックスの兄弟で著述家のクリフォードから占星術の手解きを受けており、この作品の構想にあたり、占星術における惑星とローマ神話の対応を研究している。西欧ではヘレニズム期より惑星は神々と結び付けられ、この思想はルネサンス期に錬金術と結びついて、宇宙と自然の対応をとく自然哲学へと発展した。
ただし、特殊楽器の多用や女声合唱の使用などが実演の障壁になることも多く、全曲を通しての演奏の機会は必ずしも多いとはいえない。
ホルスト:惑星

ホルスト:惑星
黄道12宮を金羊宮(おひつじ座)から始まる伝統的な順番に並べるとその守護惑星は、重複と月・太陽を無視すれば楽章の順序に一致するのです。「火星」と「金星」の順番が逆なのは、最初の4曲を交響曲の「急、緩、舞、急」のような配列にするために、ホルストが意図的に順番を変えたのだとする意見がある。
楽器編成の厳守(アマチュア団体の演奏に限り編成の縮小を認めた)から抜粋演奏の禁止まで提示しており、死後も遺族によって守られてきた。構成作曲当時太陽系の惑星として知られていた8つの天体のうち、地球を除いた7つの天体(すなわち水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星)に、曲を1曲ずつ割り当てた、全7曲で構成される組曲ですね。
予てよりホルストは、作曲家アーノルド・バックスの兄弟で著述家のクリフォードから占星術の手解きを受けており、この作品の構想にあたり、占星術における惑星とローマ神話の対応を研究している。西欧ではヘレニズム期より惑星は神々と結び付けられ、この思想はルネサンス期に錬金術と結びついて、宇宙と自然の対応をとく自然哲学へと発展した。
ただし、特殊楽器の多用や女声合唱の使用などが実演の障壁になることも多く、全曲を通しての演奏の機会は必ずしも多いとはいえない。
ドヴォルザーク:チェコ組曲

ドヴォルザーク:チェコ組曲
「チェコ組曲」はドヴォルザークの出世作「スラヴ舞曲」と同時期の作品で、あまり表には出ることの少ない隠れた名曲です。第1話での、千秋が敬愛する指揮者ヴィエラによる演奏シーンも鮮明に残っています。その意味では、のだめファンにはお薦めの1枚です。TVで見てお気づきの方もいるかと思いますが、なんとドラマの中でヴィエラ先生の役で登場したのが、この方。
第1話冒頭のこのシーンで、ドラマ全体の気品が上がった気がしちゃうんだよ。ちなみに、何種類か出ているCDのうち、このCDの指揮をしているのは、チェコフィル首席指揮者のマーツァル・ズデニェクさんです。しかし、最近は、再発売された昔の録音も含め、何種類ものCDが....まさに、「のだめ」恐るべし。
ナクソス・ミュージック・ライブラリーは、クラシック音楽を中心にCD 16,000枚・24万曲が聴き放題の会員制サービスです。
ブラームス:交響曲第1番

ブラームス:交響曲第1番
カーゾンは澄んだ美音のうちに作品の本質を見事に浮かび上がらせるピアニストで、独墺系の古典派やロマン派の作品に優れた解釈を示しました。 感性で勝負するか、感覚的に表現するか‥前者の代表盤は言わずと知れた小澤盤! 後者ではサロネン盤が代表盤でしょう。‥ラトル盤はサロネン盤に近いのだが、小澤盤にもある色気みたいな表現もあり、(サロネン盤には、この色気みたいなものは殆ど感じられなかった‥)2つの演奏の中間の演奏表現の様な感じがしちゃうんだよ。
ブラームスの協奏曲は華やかな技巧よりも作品に内在する抑制された沈鬱感を見事に表出した演奏で、セルの指揮する緊迫感に満ちたオーケストラにも圧倒されます。(確か‥日本語読みが違った様な?)この曲の独奏には、ロリオ姉妹だと言っていた昔が懐かしい。端正ななかにも深い精神性をたたえるカーゾンのピアノと、緊迫感みなぎるセルの指揮。
カップリングはこの録音の初出の「世の終わりのための四重奏曲」の方がメシアンの世界に浸れて良かったと思いますよ‥。 バーミンガム市響は色彩感のある素晴らしい演奏で最高です!ラトルはこのオケとずっと演奏してもらいたかった。今のラトルはこのオケに育ててもらったのだから! 独奏のドノホーも感性の鋭い演奏でお見事!日本にはCDもあまり出てなくて本当に残念です。
ベートーヴェン:交響曲第4番&第8番

ベートーヴェン:交響曲第4番&第8番
全員外来演奏家による初演全員が外来演奏家による日本初演はカール・ベーム指揮のベルリン・ドイツ・オペラにより1963年11月7日、日生劇場にて。合唱はパート譜が40部作成された事が判っており、原典版を作成したデルマーは「合唱団は40人」としているが、劇場付きの合唱団が少年+男声合唱団総勢66名という記述が会話帳にあり、楽譜1冊を2人で見たとすれば「80人」となる。
CD時代に入って、それまで重要視されて来なかった楽譜(普及版)のテンポ指示を遵守して演奏された『第九』が複数出現したが、ベンジャミン・ザンダー指揮ボストン・フィルによる演奏は全曲で58分を切った。この楽章の細部の多様な側面が次々と明らかにされ、それらが有機的に作用し全体のなかでしかるべき意味を発している。
ジョナサン・デルマー校訂のベーレンライター版(後述)の校訂報告でもこの記述が有り、新しい楽譜を使う際、演奏楽器の新旧に関わらず3楽章と4楽章の間隔を空ける指揮者も増えつつある。ベートーベンはその交響曲の第三楽章にスケルツォを導入したり、第6交響曲では5楽章制・擬似音による風景描写を試んだが、この交響曲では第二楽章をスケルツォとする代わりに第三楽章に瞑想的で優美な緩叙楽章を置き、最後の第4楽章で4人の独唱と混声合唱を導入した。
ブラームス:交響曲第1番~のだめカンタービレ

ブラームス:交響曲第1番~のだめカンタービレ
端正ななかにも深い精神性をたたえるカーゾンのピアノと、緊迫感みなぎるセルの指揮。コロンビア交響楽団との共演による、ブラームスの作品を演奏した1959、60年録音盤。リトルフは19世紀のロンドン生まれのフランスの作曲家。右のボタン画像をクリックし、手順に従ってインストールしてください。
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バッハ:管弦楽組曲(全曲)

バッハ:管弦楽組曲(全曲)
即興的な装飾音符も過不足なく含まれており、全体の解釈や構成にも奇を衒ったつくりの部分が無いので非常に聞きやすい演奏ですね。第1番から第5番までどれをとっても甲乙つけがたい優れた演奏だが、特に第3番の序曲の冒頭部分は、通常だと変に重たくてバランスの悪いものになりがちなところを、この演奏では華やかで雅な雰囲気を醸し出すものとして仕上げています。
さらに『エア(G線上のアリア)』などはガット弦の響きを存分に生かし、抑制されたヴィヴラートにより、過度な甘さは排除されながらも非常に美しい仕上がりです。私は、現代楽器ではパイヤールの76年盤(エアをソロでやっている)、古楽器ではSavallをおすすめしたい。演奏は古楽器を用いる団体としては比較的遅めで、それぞれの序曲の部分では、響きの重たい部分がある。
切れ味の鋭さが魅力です, 2003/1/26By お客様速いテンポにシャープな響き…古楽器演奏なのにすごく現代的で都会的な印象です。結成10年を経て録音されたラ・プティット・バンドのこのディスクは、ピリオド楽器によるオーセンティックな演奏として速い(正しい)テンポ設定に代表される先駆的な規範となる解釈と高度な演奏技術に裏打ちされた見事なもので、作品の本来の姿を表現した名盤として高く評価されています。
モーツァルト:戴冠ミサ

モーツァルト:戴冠ミサ
われわれ合唱団員が最初に手にするのは楽譜で、そこからモノを言うから。この曲もまた一切の欺瞞を排して死と正面から向かい合ったときの、きわめて真摯な感情を静かに湛えている。とくに、第3曲「クレド」での速いテンポ、終曲「アニュス・デイ」での終盤のドラム連打など、独自の解釈が光り、聴いていて驚かされます。
西洋の残酷な童話が一時話題になったりしたが、どうもその残虐性のみがとりあげられ、肝心のところがなおざりになっていることが多いように思われる。でも慣れれば慣れるほど、その単純な音符の並びに、彼の天才的な才能を見出せるのです。残酷な内容は決して作者の悪趣味ではなく、死というものをしっかりと直視したからこそなのですね。
物語の最後では、登場人物すべてが幸せになれるわけではない。人生の最後にある、死という結末もまた同じではないか。しかし、この戴冠ミサは、万人が歌ってふさわしい曲ではないかと。めんどくさい説明は抜きにして、彼の音楽に身をゆだねてください。基本的に私はモーツァルトは好きではないけど、間違いなく、『癒される何か』がここにはあったそうです。
元気いっぱいの戴冠ミサ, 2004/10/19Byあやねこだいすき- レビューをすべて見る自由闊達な指揮をすることで知られるコープマンですが、これもバッハの管弦楽組曲やマタイ同様、元気いっぱいで力強い演奏です。
ベートーヴェン:交響曲第4番&第7番

ベートーヴェン:交響曲第4番&第7番
合唱はパート譜が40部作成された事が判っており、原典版を作成したデルマーは「合唱団は40人」としているが、劇場付きの合唱団が少年+男声合唱団総勢66名という記述が会話帳にあり、楽譜1冊を2人で見たとすれば「80人」となる。CD時代に入って、それまで重要視されて来なかった楽譜(普及版)のテンポ指示を遵守して演奏された『第九』が複数出現したが、ベンジャミン・ザンダー指揮ボストン・フィルによる演奏は全曲で58分を切った。
この楽章の細部の多様な側面が次々と明らかにされ、それらが有機的に作用し全体のなかでしかるべき意味を発している。佼楽章が緩叙楽章、第三楽章がメヌエット、第四楽章がソナタやロンドという形式が一般的であった。ベートーベンはその交響曲の第三楽章にスケルツォを導入したり、第6交響曲では5楽章制・擬似音による風景描写を試んだが、この交響曲では第二楽章をスケルツォとする代わりに第三楽章に瞑想的で優美な緩叙楽章を置き、最後の第4楽章で4人の独唱と混声合唱を導入した。
ウィーン初演での演奏時間は、明確な数字が明らかでないが、1825年3月21日にロンドンで『第九』を初演したジョージ・スマートがベートーヴェンと会見した際の質疑応答の断片が「会話帳」に残っており、この63分が『第九』のロンドン初演時の演奏時間とされている[3]。
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
それゆえに、ドラマの主人公ならずとも、これらの曲の魅力を存分に堪能し、さらには作曲者がこれらの曲にこめた思いにまで思いをはせることもまた可能ですね。現在のコンサートホールにはない独特の響きが演奏の良否を容赦なく提示するが、それと同時に作品の本質を白日の下へと晒す切実さを示してしまう。
最終日にはプロジェクトの実行委員長の黒柳徹子も会場に足を運び、長大な第8番と最後の交響曲となった第15番に耳を傾けた。チケット料金も3000円と初演時を意識した設定がなされ、館内には当時の世相を現わす資料を展示する予定だという。井上道義が一指揮者の立場で立ち上げた東京・日比谷公会堂を10月末から12月9日まで、ほぼ1カ月半にわたって借り切り、全15曲の交響曲を一挙に演奏しようという壮大なプロジェクト。
今回はその集大成でもあり、また昨年、ショスタコーヴィチの生誕100年の節目を迎え、再評価の気運が高まる中での開催、全曲集中演奏は、非常に注目度の高い公演になるに違いない。この交響曲5番は、その頃「西欧かぶれ」とか「人民の敵」と社会的につるし上げを食らっていたときに作曲され、社会的な破滅の危機からショスタコーヴィチ自身を救った起死回生の名曲(?)でもある。
ドヴォルザーク:交響曲全集

ドヴォルザーク:交響曲全集
直近では大友直人(指揮)、東響の特別演奏会で、ベートーベンの「田園」とV.ウィリアムズの「田園交響曲」を演奏しているが、まだまだ不当な扱いを受けているという状況でお寒い限りですね。クチャル/ウクライナ響のコンビは、カリンニコフの2曲の交響曲で名演を残したが、この録音は「驚愕的箱物廉価盤」の中でもピカイチと言っておこう。
前期の作品では弦の響きにきつさを感じる部分もあるのだが、この国で最も歴史のあるオーケストラ(創立=1929年)の響きは溌剌としており、気分爽快ですね。特に、ノイマンにはアナログ時代の録音もあるが、後年のこの録音の方が音質もよく、演奏もこなれた好印象をもった。
初期の作品はその陽気で明るい旋律が溌剌としており、後期の作品における精神的深みの表現力も卓越している。このブラジル風バッハ全曲の国内仕様盤の発売は、HMVでは12月30日となっているが、私は今月の初旬に輸入盤を手にした。いつか日記で、交響曲を3曲以上残した作曲家でその全てが名曲であるというのはブラームスのみだと書いた記憶があるが、今でもその想いに変わりはない。
SACDの時もその驚異的な優秀録音に舌を巻いたが、CDでもその魅力は十分すぎるほど鮮明ですね。
美しく青きドナウ/ウィンナ・ワルツ名曲集

美しく青きドナウ/ウィンナ・ワルツ名曲集
彼の数多いウィーン音楽の録音のなかから名曲中の名曲を楽しむ。皇帝円舞曲……超有名名作漫画「エロイカより愛を込めて」(青池保子作、秋田書店プリンセスコミックス)に、この曲をテーマとした作品があったそうです。『春の声』と『酒・女・歌』がベルリン交響楽団の演奏で、他は、ウィーン交響楽団の演奏ですね。
ワルツ王とその父、親子二代のヨハン・シュトラウスの代表作を、20世紀のワルツ王、シュトルツの名演で。この漫画の中でも名作中の名作なんですが、その主題に相応しい、当然の名曲。作曲家としても活躍したが、指揮者としても活躍した。毎日のように聞いていましたが、優雅な世界に浸ることができる名曲中の名曲。
これ一枚で、ウィンナワルツの代表作は網羅したといってもよい。演奏も本場のトップレベルであり、この作品なくしてウィンナ・ワルツは語れない(?)のではないでしょうか…?とにかく、大満足確実のCDです。名曲、というか、とにかくおいしいところは全て網羅されています。
プライバシーポリシーについて 特典・初回仕様について「封入特典」以外の商品の外付けとなる特典(ポスターなど)は、本画面で明記されている場合を除き、基本的にお付けできません。
レスピーギ:ローマ三部作

レスピーギ:ローマ三部作
録音も優れていて、家のステレオでも十分にホールで聴いているかのような臨場感がある。それぞれの曲、楽章のテーマの「描写」も素晴らしく、聴いていて、情景が目の前にぼんやりと広がるような感じがするのです。録音当時まだ若かった、イタリア人指揮者リッカルド・ムーティのイタリア人気質と情熱、職人集団フィラデルフィア管弦楽団の豪華絢爛な明るいサウンドが、イタリアの作曲家レスピーギの「ローマ三部作」を「これ以上は不可能」と言えるほど見事に奏であげ、超のつく名演奏を繰り広げる。
イタリアに帰国後に本格的な作曲活動を開始し、1913年から1935年までローマのサンタ・チェチーリア音楽院教授に就任。作風・評価16世紀から17世紀の無名作曲家のリュート作品に基づいた3つの《古風な舞曲とアリア》や、管弦楽組曲《鳥》は、レスピーギの新古典主義音楽への取り組みを示すものとしてしばしば言及されてきたが、この曲集は古い音楽の編曲にすぎず、本質的に新古典主義と呼べるものではないという意見もある。
代表作としてローマ三部作と言われる、交響詩「ローマの噴水」「ローマの松」「ローマの祭」がある。同時代のリヒャルト・シュトラウスによって拡張された大編成のオーケストラを利用して、極彩色の音色効果を追究する一方、フランス印象主義音楽にならった非機能的な和声法を取り入れている所にその特徴がある。
ニューイヤー・コンサート1989&1992

ニューイヤー・コンサート1989&1992
特に7番はグラモフォンから出ているウィーン・フィルのCDと比較するとライヴならではの緊張感、録音のレベルが格段に違うためクライバーの躍動感あふれる指揮が体験出来、遙かに次元の高い出来であると思います。ウィーン・フィルは,他のオケにはない独特の繊細な音色と「艶」,そして,変幻自在な「間」を兼ね備えた唯一無二の存在ですね。
クライバー+バイエルン国立管弦楽団の4番と、ウィーンフィルを振った5番+7番カップリングCDを持っているが、それでも買う価値は十二分にあると思った。圧縮されたDD音声とは明かに音の厚みが違う。私は、どちらかと言うとウィーンフィルぐらいの速度が好きだが、とにかく、あのカッコ良さ。
PAL収録されたものをNTSCに変換した素材を使用していると思われ、鮮明な角の立った画になっていないが、不鮮明な感じがかえって重厚な欧州の空気を醸し出しているようにも見える。それにしても、7番の緩急はウィーンフィルの演奏をはるかにしのぐ。特に,このディスクでは,緊張感溢れる1989年の演奏に比べて,若干リラックスした演奏が楽しめるかもしれない。
是非,演奏芸術の歴史が転換した瞬間をじっくり味わって頂きたい。あれだけのスピードなのだから、あまり指揮棒を動かさないのかと想像していたが、ほんとうにものすごい速度でダイナミックに振ることがわかって驚いた。
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