R.コルサコフ:シェエラザード

R.コルサコフ:シェエラザード
官能的な踊りと恋愛物語の描写、オーケストラがうねりにうねるシンドバッドの航海と難破など、どれも強烈なデフォルメと濃厚なアクの強い表情が迫真の効果を生み出し、聴き手は一瞬たりともスピーカーの傍から離れられなくなる。第一楽章の「海」の再現から「難破」の場面への盛り上がりも非常に目的意識のはっきりした盛り上がりで、聴き手も一緒に興奮させられる。
プレヴィン指揮ウィーン・フィル盤、デュトワ指揮モントリオール響盤、小澤指揮ウィーン・フィル盤は、美しく磨き上げた洗練された演奏ではあるのだが、知的抑制力が勝って、表情が淡白なところがあり、聴いていてあまり面白い演奏とはいえない。ゲルギエフの、この演奏を先に聴くと、いかにも、この演奏が他の演奏家の演奏と格段に異なっているように聞こえますが、ぜひ、フェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団の演奏を聴いてみて下さい。
楽団員は全てコンクール形式で採用され、ほとんどがパリ音楽院の優秀な卒業生ばかり。とりわけ第4曲の祭りの描写の息づまる猛烈なスピード感は前代未聞で、続く船の難破の凄絶なクライマックスの巨大なスケールは、まさに財宝を積んだ船が怒涛の前に沈没していくのを目の当たりにするかのようですね。
シューベルト:交響曲第8番&第9番

シューベルト:交響曲第8番&第9番
リズムの鋭い切り込みと躍動感に溢れ、感傷的なシューベルト像とは無縁ながら、第2楽章中間部や第3楽章トリオでの優美なロマンティシズムは、ミュンシュ=ボストンならでは。 50年前の録音が今でもなぜこんなにも新鮮に響くのか?時代を超えて生き続ける、ステレオ黄金期に録音された永遠の名盤が究極のリマスタリングを経て、SACDハイブリッドとして新たな生命を得る。
特にオーケストラがNPOと云う事で、弦パートの絹の様な芳純な味わいが何とも云えない。第二楽章は、なんだか当時の美しいウィーンの街角や近郊の田園風景がイメージとして浮かんできそうな曲です。ジュリーニは、緻密にコントロールしたオーケストラと合唱団の抑制した表現が、この曲の真価を顕わにして感動的。
冒頭の淡々とした表現から次第に盛り上がって行く様子も実に自然で、例によって曲の随所に「歌」が溢れているところがワルター翁の真骨頂と云えよう。こちらは他の一連の録音同様にCOSOを振っているためNPO程の緻密な演奏にはなっていないが、やはり随所にワルターらしい歌心がちりばめられていて素敵ですね。
音質には厚みと迫力があり充分満足できる。傑作歌曲を数多く残したシューベルトの曲中に潜む多くの「歌」を表現出来た最後の指揮者の一人がワルター翁であった事は紛れもない。
Beethoven: Symphonien Nos. 5 & 7 / Kleiber, Vienna Philharmonic Orchestra

Beethoven: Symphonien Nos. 5 & 7 / Kleiber, Vienna Philharmonic Orchestra
演奏家を志し、一生を音楽に捧げている真摯な人たちが全力で演奏している素のままの演奏こそが求めている演奏だろう。彼は東ドイツの熱心な共産主義の知性派で、ベルリンの壁が崩壊した直後に自殺を遂げた。一般に1970年代のアナログ録音は、80年代の初期ディジタル録音より音質がよいと思います。
CD版でも楽器のパートごとがリアルに分離していたがそれがでこぼこの肌触りまでわかるほど。クライバーのCDでも、アナログ録音の本盤のほうが、ディジタル録音のブラームス交響曲第4番より、響きに厚みがあったそうです。地味ながらも?「第8」はかなりのお気に入りになってしまって、その中の「2楽章」が何とも癖になる感じで。
演奏良し、録音状態良し、難を言えば第9番の録音レベルが他の交響曲よりもやや劣る所か。〜どこかの音楽雑誌で、ある素人の方(伏せているのではなく私が完全に出典を忘れてしまっている,,,申し訳ない)〜がクライバーの指揮を「素人の天才指揮者」と言っていたが、今改めてクライバーの音や映像のディスクを聴くと「うまい事を言うものだな。
華美に飾られてしまったベルリン・フィルの演奏や、管に偏りを感じてしまう力まかせのシカゴの演奏などは、最後は耳が聴こえず夢想の中で作曲したベートーヴェンのこれらの曲を演奏するには違和感を感じてしまうのですね。
チャイコフスキー:交響曲第6番

チャイコフスキー:交響曲第6番
チャイコフスキー自身は最終楽章にゆっくりとした楽章を置くなどの独創性を自画自賛し、初演後は周りの人々に「この曲は、私の全ての作品の中で最高の出来栄えだ」と語るほどの自信作だったのです。そのまま、再現部となり、第1主題がトゥッティで厳しい感じで再現されるが、提示部のような発展のかわりに、苦悩の感じを強めた絶望的な経過部がきて、白熱の悲しみと悔しさが爆発するのです。
副題については、弟のモデストが初演の翌日に自身が「悲劇的」という表題を提案したが、作曲者はこれをネガティブし、次に弟が口にした「悲愴」という言葉に同意したと伝えているが、これはモデストの創作ですね。ドイツの精神科医ミューレンダールは、精神病院の入院患者に対して各種の音楽を聞かせるという実験を行なったが、悲愴を流した場合、特に内因性うつ病患者の症状が悪化し、患者によっては自殺しようとすらしたとのことですね。
ここでは無気力の中でもほのかに意志が働き、その絶望的な暗黒の世界から本人の声とされる嘆きが弦(ヴィオラとチェロの合奏だが、両パートの奏者の半分のみでどこか弱弱しい)によって現れる。確かにそのような演奏が一般的だし、作曲者も恐らくはそんな感情の喚起を意図しているものと思う。
プロコフィエフ : ピーターと狼、サン=サーンス : 動物の謝肉祭 & ブリテン : 青少年のための管弦楽入門

プロコフィエフ : ピーターと狼、サン=サーンス : 動物の謝肉祭 & ブリテン : 青少年のための管弦楽入門
また、最後の部分で個々の楽器が寄り集いながらフーガを形成し、有名なヘンリー パーセルの主題を打ち鳴らす瞬間はいつ聴いても快感。本来のナレーションに多少の変更を加えたパールマンの語りは、音楽同様、メータとの息の合い方が抜群で、表情豊かに物語が発展していきます。
ベンジャミン・ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」もナレーション無しのCDは珍しいので、解説は冒頭だけにして、途中のナレーションを無くした方が希少価値が出たのではないかと思います。1. ピーターと狼作品67初めに(パールマン(イツァーク))2. ピーターと狼作品67ある朝早く、ピーターは門をあけると(パールマン(イツァーク))3. ピーターと狼作品67“気をつけろ。
これらの曲を演奏するときは、オーケストラも聴き手の心に一歩でも二歩でも近づこうとするし、チャーミングなソロがそこかしこに光ることが多い。ヴァイオリニスト、イツァーク・パールマンの深みと艶のある声による語りが魅力的な「ピーターと狼」、ラベックのピアノが豊かなカラリゼーションを加える「動物の謝肉祭」という有名曲2作がユニークな仕掛けで楽しめます。
「ピーターと狼」「青少年のための管弦楽入門」では、世界的名優ショーン・コネリーがナレーションを担当している。
flute

flute
パールフルートもメーカー展示ブースとショーケースに参加、大変暑い日々が続くなか、おかげさまで大変盛況のうちに終えることができました。定期メンテナンスの効果と必要性をお伝えする目的ではじめた当イベントも、おかげさまですっかり恒例行事として定着しました。個人レッスン&ミニ講習会「ピッコロがもっと上手になりたい」「ピッコロに挑戦したいけど吹けるかどうか不安」こんな方は是非、「ピッコロ体験。
1999年スイス、バーゼル市立音楽大学コンツェルトクラスに留学し、2002年同大学にて国家演奏家資格(Konzertreife Diplom)を最優秀の成績で取得し卒業。専攻生から愛好者まで幅広い人気と実績をもつ吉岡次郎氏が丁寧なアドバイスをするスペシャル企画です。フルート無料調整会パールフルートは今年も無料調整会・試奏会を全国6箇所で開催しちゃうんだよ。
このパールのオリジナル素材は、明瞭な音の輪郭を描き出しながらナチュラルウッドの味わい深い響きを再現する優れた音響特性を発揮。 個人レッスン&ミニ講習会」に来ませんか?個人レッスン、ピッコロを始めた方・始めようとする方のための講習会、更には話題の新製品、PFP-105Eによるミニコンサート、勿論試奏もOK。
ベートーヴェン : 交響曲第5番ハ短調<運命>

ベートーヴェン : 交響曲第5番ハ短調<運命>
この楽章の細部の多様な側面が次々と明らかにされ、それらが有機的に作用し全体のなかでしかるべき意味を発している。何よりもワルターの叙情的な表現を的確に具現化している一連の演奏には非常に高い価値がある。私はそれらの録音を隈なく聞いたわけではないが、代表的な演奏は幾つか聞いてきた。
さりげなく剛毅華麗な演奏を繰り広げるバックハウスや、シャープなのに豊かな音楽をスマートに聞かせるグルダとも違う、「貴族的完ぺき主義の使徒」としての輝かしい演奏といえよう。第二楽章は一貫して硬質な音色で純度の高い演奏ですね。クラシックに興味がない人や、辛い目に合って絶望を感じている人に是非聴いて欲しい一枚です。
ワルターの録音を聴いてからは、他の田園を聴く気がしない。ワルターの音楽の本質は常に「歌」が充ち満ちている事であり、その意味からもこの演奏の価値は今日も色褪せる事は決して無い。だが、この演奏を聴くと、それは、もしかすると、ミケランジェリと言ふピアニストの為の付けられた名だったのではないか?と言ふ気がしてして来る。
パリ管のコンサートでは「ポリーニもブレンデルもバレンボイムも全く児戯にすぎない」とさえ言わしめた絶対的境地がこの演奏の上に存在したのですね。
モーツァルト交響曲第40番&第41番

モーツァルト交響曲第40番&第41番
硬質な演奏がお好みの方は別として、どちらの曲も実にチャーミングな演奏を満喫出来る。ワルターはこの他にも36番「リンツ」と39番、41番「ジュピター」と35番「ハフナー」をコロンビア交響楽団とレコーディングしておりどれも必須の名曲、名演奏ですね。個人的にはこの曲は天馬が空を翔るような疾風怒濤の演奏がすきなのですが、こういう情感たっぷりな演奏もまたありかな、と思ってしまいます。
ワルターの第40番というとウィーン・フィルとの演奏が有名ですが、コロンビア交響楽団の澄んだ音色も、メロディがはっきりと浮かび上がって、美しいと思います。後は、これらにウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのライブパフォーマンスである、交響曲40番と交響曲25番(SONY)があれば、至福のモーツァルト交響曲が楽しめるかもしれない。
録音も、現在の技術革新はなんだったのかと思わせる鮮明さですね。クラシック全般やモーツァルトの入門用として、またこれからワルター芸術の一端に触れてみたい方にもお奨め出来る魅力的な絶妙の一枚ですね。一般的には40番と41番「ジュピター」の組合せが大定番で、殆どのレコードがこれを踏襲している。
「プラハ」は疾風怒濤の高速演奏が主流である昨今、ゆったりと歌うように演奏される「プラハ」は一つ一つの美しい旋律を改めて浮き上がせる。
ブラスの祭典(3)

ブラスの祭典(3)
いつの時代にもすきな課題曲をネ申扱いしてますがなにか的マニアさまっていらっさるげなんです。このようなジャズ・テイストの曲は、佐渡裕の個性とマッチし、躍動感に溢れ、歯切れが良く、明るい音色を伴っており、好感を持ちました。これまで自衛隊や他のウィンドオケの演奏などいろいろ聞きましたがシエナのパワフルな演奏が当時の私達の演奏にもっとも通じるところ多く個人的に大感激でした。
自分のなかでの大事な曲っていうか、体が耳が覚えるほど練習したし、ああ演りたい、中毒っていうか(笑)。ライヴで聴かれたかたの感想のなかに、「この曲は管楽器の技量が必要だが、シエナにはそれが欠ける」といった意見もあったようですが、このCDを聴いた限りでは逆の印象を持ちました。
吹奏楽の名物先生、淀川工業高校の丸谷明夫氏も『最初から最後まで、“もう最高”です』と大絶賛を惜しまないという、吹奏楽アルバムの大傑作です。昔吹いた曲も聴いた事の無い今の曲も聴いていると興奮と感動で体がゾクゾクしてきます。吹奏楽の名物先生、淀川工業高校の丸谷明夫氏も『最初から最後まで、“もう最高”です』と大絶賛を惜しまないという、吹奏楽アルバムの大傑作です。
ワタクシの場合は、コンクールのときには選ばれなかった「波の見える風景」に異様に執着して、結局大学でやりましたとさ。
ストラヴィンスキー:春の祭典

ストラヴィンスキー:春の祭典
この頃はどちらかというとアバドのように、オケの機能性を全開にスピードと鋭さを優先した演奏が主流のときにマゼールは土着・粗野で攻める。高校の頃は、バカの一つ憶えで、ショルティ&シカゴの演奏ばかり聞いていたため、春祭もショルティのを聞いていましたが、印象は意外につまらない感じに聞こえたのが最初でした。
思えば74年のウィーン盤は一通りの春祭の名盤が出揃いかつウィーンPO初の春祭ということで何かやらざるをえない状況だったがこの盤はそうした気負いがない。また、今回の火の鳥(1919年版)は、全曲版(1910年版)とは違い、後にストラヴィンスキーがコンサート用に改訂したものの一つで、これは3度改訂した中の最初の改訂版です。
そのため、全曲版にはないフレーズが所々に出てきますし、演奏時間も全曲の半分の時間(約22分)です。しかし、時代の流れとは恐ろしいものでその後も増え続けた個性的な春祭の演奏を聞いてくると当時あれほどエキセントリックに思ったこの演奏ももはや違和感はなくなってくる。
全体の雰囲気はいかにも独のオケという正統派で厚みのあるものだが、随所にマゼール節を聞くことが出来る。この頃のマゼールはピッツバーグからヨーロッパに戻り伝統の革新に挑戦し始めた頃ですね。
ラヴェル:マ・メール・ロア

ラヴェル:マ・メール・ロア
彼らが蜜月を謳歌していた頃の録音で、さすがに心のこもった音楽を聴かせています。この作品がきっかけでデュトワのファンになり彼のCDのコレクションが増えていったのは宜なるかな。この曲の喩えようもない魅力がなーたんを惹きつけて放さず、最初の鮮烈なイメージをそのまま湛えているCDを探し続け、やっと出会えたのが、このCD。
ラヴェルは彼らの最も得意とするレパートリーの1つであるだけに,良くコントロールされた模範的ともいえる演奏を繰り広げており,その磨き抜かれた美しい響きを堪能させてくれる。演奏は、フランス近代音楽にかけては最高の評価を得ている、シャルル・デュトワとモントリオール交響楽団。
それはジャン・マルティノンとは逆のパターンで、それはそれで比較すると面白いです。何かそれ以上の得をした気分でホクホクです。勿論、出来の良し悪しは甲乙つけ難く、探していたものを手に入れた余裕か、このデュトワ・モントリオール盤を核(コア)にしてゆっくりと聴き較べると、むしろ各盤独自の「味」であることがわかりました。
ラフマニノフ:交響曲第2番(完全全曲版)

ラフマニノフ:交響曲第2番(完全全曲版)
組曲第1番「幻想的絵画」 (op.5,1893)組曲第2番 (op.17,1901)組曲第1番・第2番はともに2台のピアノのための作品ショパンの主題による変奏曲ショパンのプレリュードのハ短調の曲を元に数多く変奏する曲集。第1楽章の冒頭の和音は、手の大きさが足らないせいか、一部分散和音で処理していますが、ダイナミックレンジもあり深みを感じさせる始まりです。
出国後のアメリカ時代は生活の糧としてのピアニストの活動が多忙であったことなどにより、その後完成された作品は僅かに6作品に過ぎない。ベルリンフィルも恐らく一番油の乗っていた絶頂期で、この重厚な曲を見事に浮き彫りにしていて素晴らしい。様々な点でこの曲は非常に良く出来て居り、過去の大作曲家達の交響曲群と肩を並べても決して退けをとる事は無いと思うのですね。
余談だが、ラフマニノフはピアニストのなかでも巨大な手の持ち主で、12度の音程を左手で押さえることができたと言われている(小指でドの音を押しながら、親指で1オクターブ半上のソの音を鳴らすことができた)。左手小指の関節痛に悩まされながらも、演奏活動は死の直前まで続けられた。
幻想曲『岩』 (op.7, 1893)ボヘミア風奇想曲(ジプシーの主題による綺想曲) (op.12, 1894)交響詩『死の島』 (op.29, 1909)アルノルト・ベックリンの絵画「死の島」の白黒の複製画にインスピレーションを受けて、内的衝動で作曲した曲。
ラフマニノフ:交響曲全集

ラフマニノフ:交響曲全集
アシュケナージが本格的に指揮活動を始めた時期で,この名門オケを完全にドライヴできていないが,ピアニストとしてこの作曲家を自家薬篭中としているだけあり,旋律の扱いがユニークで響きの仕上げも美しい。彼の音楽はいつの時代もロマンティックだが,これらの交響曲を聴いていると,それぞれに若さや情熱が感じられ,円熟度が違って聴こえるから面白い。
オウェインはボールト、ケンペ、ハイティンクに指揮を学び、ウォルトンの『ベルシャザールの饗宴』で作曲者の絶賛を得て有名になるんだよが、活動が英国内と北欧主体であったため、日本での知名度はいまひとつ。録音マイクがオケに近いのか、やはりこれがベルリン・フィルならではなのか、強奏の部分では音に襲い掛かられそうな迫力があり、緩徐楽章は濃密でふくよか。
先進機能をフル装備したフラグシップAVノートPC 生活家電 あったか暖房もヤマダだから出来る大安値。星一つ減点の理由は、第2番が途中で次のディスクにまたがっているからです。先進機能をフル装備したフラグシップAVノートPC 生活家電 あったか暖房もヤマダだから出来る大安値。
壮大な演奏と欧米で評価の高いヒューズのラフマニノフの交響曲が待望のセット発売。
ガーシュウィン:作品集

ガーシュウィン:作品集
)ガーシュウィンは多くのピアノロール(当時の自動演奏ピアノ用のロール)を残しているが、当時の習慣、またはね彼自身の希望により、重ね録りをしてあたかも四手で弾いているかのような豪華さを演出する事が多々あった。再生時のテンポについての信憑性は調べるすべもないが、実際そのテンポで演奏することは非常に技術上の困難さを伴うことは確かですね。
偉大なロマン派の作曲家達の作品がレガート奏法を要求されるのに対し、私達のポピュラー音楽ではスタッカート奏法が必要とされる。技術的には、近代グランドピアノの3本のペダルを複雑に使い分け、かなり高度なテクニックを必要とし、また手の小さい人にはかなり演奏困難な部分も多いが、それはガーシュウィンらしさと最大限の演奏効果を求めた結果ですね。
『ラプソディー・イン・ブルー』や『パリのアメリカ人』をはじめ、当時のニューヨークの摩天楼が生き生きと、鮮やかに立ち上がってくるような彼の作品を、存分に楽しむことができる2枚組CDです。この演奏を聴く限り、かなりの軽快なテンポで見事なエネルギーを持って演奏されてますよん。
SPレコードからの復刻ゆえ、多少のピッチの差、すなわち速度の差を考慮しても軽快な速度ですね。
夜の女王のアリア〜コロラトゥーラの女王

夜の女王のアリア〜コロラトゥーラの女王
特に《魔笛》夜の女王のアリアは素晴らしく、高音が見事で聴いていると声ではなく、まるでフルートの音のようですね。グルベローヴァが、彼女の十八番である「魔笛」の夜の女王のアリアや、「ルチア」の狂乱の場などを歌った1枚。グルベローヴァは表現豊かでかなりの超絶技巧をもつ現代屈指のソプラノ歌手であることには間違いないが、前述のことから4つ星ですね。
夜の女王のアリアの最高音を、易々と豊かに響かせる歌手はグルベローヴァの他にはいないのではないでしょうか。しかし、個人的な声の好みもあるだろうが、私には今は亡きルチア・ポップの歌声のほうが色つやがあって、高音の響かせ方などの点で好きですね。夜の女王アリア〜コロラトゥーラの女王以外にも、様々な商品の最安値情報や販売ショップ情報がご確認いただけます。
明らかに、人間にとって「高すぎる音」なんですが、彼女の夜の女王は、一オクターヴ下で歌ってるんじゃないかと思うくらい、何の苦労も感じさせません。 魔笛のアリアだけでも価値があったそうです。自家薬籠中のルチアにはいろいろな録音が出ていますが、ここに収められている、張り詰めた美しさは息をのむほどです。
コロラトゥーラのの超越技巧、グルベローヴァの音楽的センスが見事に調和し何度も聴き入ってしまう名曲の数々。
チャイコフスキー:3大バレエ

チャイコフスキー:3大バレエ
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による、バレエ「眠りの森の美女」「白鳥の湖」「くるみ割り人形」を収録した、1966、71年録音盤。カラヤンにとって《くるみ割り人形》は3度目の、《白鳥の湖》と《眠りの森の美女》は4度目録音にあたります。
眠りの森の美女のワルツ、そして最後の花のワルツは堪りません。第三幕の貴族の館の中はまあまあですが…でも、さっきも書いたように、絶対損はしない、と保証できちゃいます。)ただ周りのペルミバレエ陣はちょっと…一幕も周りのガヤガヤしてる街人、夢のシーンの人がまばらで、なんだか違和感を感じてしまいました。
豪華絢爛な美術と装置、そして格調の高い演技と踊りキーロフ・バレエの『眠れる森の美女』は、これこそ決定版。ただ、2人の恋の駆け引き、居酒屋の飛び込みシーン、もちろん三幕のグランパも最高なので、安価ですし、絶対買って損しないと思います。個人的には、いくら回転が速くても、ザハーロワのような繊細さや優雅さを持つバレリーナの方が好きですが、このDVDは買って損はしなかったと思います。
なのでちょっと元気よいアンドレプレヴィン指揮CDよりこのCDの方のが好きですカラヤン節のがなんとなくオーヴァーに美しさが語られている感じが聞くとするのですこの値段でこの優雅さは満足。
金色のコルダ~primo passo~クラシック・コレクション コンプリートBOX

金色のコルダ~primo passo~クラシック・コレクション コンプリートBOX
最終セレクション前、魔法のヴァイオリンを失った香穂子は、今できる最上の演奏をしようと懸命に練習を重ねる。練習場所を探して街を歩くうちに、天羽と出会った香穂子は、「セレクションの衣装選びにつきあってあげる」という彼女と、偶然伴奏者と打ち合わせ中だった冬海とともにブティックへと向かう。
魔法のヴァイオリンを失った香穂子は、それでも今できる最上の演奏をしようと懸命に練習を重ねる。その姿に他の参加者たちは、香穂子を通して自分たちが背中を押されているのに気付く。 軽い気持ちで言った自分の一言に対する月森の思わぬ反応が気になり、香穂子は練習に集中できずにいた。
が、と言う事は続編の「金色のコルダ2」可能性もあるのでしょうか?面白かったし、続編への期待を込めて星5つにしておきます。絵が綺麗な巻とそうでない巻があったのかもねが、全体的に綺麗でしたし。休日、少しでも人前での演奏に慣れようと、香穂子は土浦のアドバイスを受け、外で練習するべく街へ出かけた。
第24話「心満たすハーモニー」と最終第25話に加え、特別編「ひと夏のアンコール」を収録。土浦からアドバイスを受けた彼女は、外で練習するために街へと出掛ける。第9話「安らぎのコンチェルト」から第11話「白と黒のアダージョ」までを収録。
ベートーヴェン:交響曲第6番

ベートーヴェン:交響曲第6番
2つの主題が交互に現れる変奏曲の形式と見るのが一般的であるが、一種のロンド形式、また一種の展開部を欠くソナタ形式と見ることもできる。全員外来演奏家による初演全員が外来演奏家による日本初演はカール・ベーム指揮のベルリン・ドイツ・オペラにより1963年11月7日、日生劇場にて。
合唱はパート譜が40部作成された事が判っており、原典版を作成したデルマーは「合唱団は40人」としているが、劇場付きの合唱団が少年+男声合唱団総勢66名という記述が会話帳にあり、楽譜1冊を2人で見たとすれば「80人」となる。CD時代に入って、それまで重要視されて来なかった楽譜(普及版)のテンポ指示を遵守して演奏された『第九』が複数出現したが、ベンジャミン・ザンダー指揮ボストン・フィルによる演奏は全曲で58分を切った。
^ その研究を参考に音楽学者・指揮者の金子建志も演奏史を含めて自らの著作で言及している。それらは演奏実践に有益な示唆を含んでいるが、同時に作曲当時には存在していなかった楽器法を取り入れた結果、曲本来の姿を伝える上では障害ともなっている。問題を解決しようという試みは有ったが、第二次世界大戦前までドイツにあった資料には戦後行方不明になった物があり、誤りの少ない楽譜を作成するには拠るべき資料が不足していたかな?
DUNE 10th Anniversary Edition

DUNE 10th Anniversary Edition
なお、これ以前にも1992年に一度アルバムのレコーディング自体は行われていたが、録音を終えていた全曲がお蔵入りの憂き目となりましたよん。V系のインディーズ盤は、速さ、激しさ、グロさ、笑いなど、極端な方向に走ってしまいがちでしたが、ラルクの自分たちの気持ちを正直に、自分たちのスタイルで貫いた姿勢はとても男らしかったです。
個人的にはGLAYのインディーズ盤の灰とダイアモンドと比べてしまいますが、演奏はDUNEの方が上で、メロディーの親しみやすさは灰とダイアモンドという感じですか。この後、このアルバムとルナシーのエデンを安直に真似た後発バンドが大量に出てきて、元々のV系たちは、化粧をやめ、物まねのヴィジュアル系と距離をおくようになりました。
オリジナルのDUNEはちょっと音がこもったような感じで印象が暗かったんですが、このNewEditionは非常に音がクリアでダークな感じの曲までもHYDEの生き生きしたボーカルが聞けます。この初回版は中古で手に入れるのも困難で、一部では現在でも高値で取引されてますよん。
このアルバムは実は昔発売当時に一度買った事があるんですが、財政上の問題で手放した経緯があったそうです。
ベルリオーズ:幻想交響曲

ベルリオーズ:幻想交響曲
純粋な管弦楽作品で、この技法をこれほどまで使ったのは幻想交響曲が初めてであろうが、ウェーバーは、それ以前から彼のオペラ作品の中で、人物や物を表現するときに同じ動機の繰り返しを用いていた。ベルリオーズ自身も腸神経痛(過敏性腸症候群?)と躁鬱症が持病だったため、これらの緩和のため、若い頃から阿片を使用していたかもしれません。
第4楽章冒頭のホルンや第5楽章中盤の弦など、作曲家の意図に沿った音づくりを試みるといったきめ細かな配慮に加え、テンポの変化やアクセントの付け方を通じて、激しいドラマと華のある響きが生み出されているあたりもすばらしい。(また、彼の父親が医師であり、持病であった胃疾患(神経性胃炎、胃潰瘍?)の鎮痛のため、強力な鎮痛作用を持つ阿片を常用していたことから、阿片の副作用の幻覚作用などについてもかなりの知識を持っていたことが伺えます。
上記の「前書き」でも分かるように、幻想交響曲の成立には、これらの2つの(熱狂的とも言える)恋とその破局が母地となっており、作曲が同時並行に進められていたのは確かですが、正確な作曲の動機についてはよく分かっていません。また当時のヨーロッパ(特にフランス)では、工業技術の進歩がめざましく、それらを駆使していろんな管・打楽器が改良されており、これらの技術革新がベルリオーズの「先進的な」管弦楽法の助けとなったのです。
マリア・カラス「永遠のディーヴァ」(没後30年ベスト)(DVD付)

マリア・カラス「永遠のディーヴァ」(没後30年ベスト)(DVD付)
昭和42年芸術院会員に推薦されるが、「いやだからいやだ」との理由で辞退。絵葉書屋を経営する岸たまきと結婚.彼女をモデルに郷愁と同系に満ちた美人画と詩文で一世を風靡するのです。その後作家活動に入り、処女創作集「冥途」をはじめ、恐怖と笑い、幻想とリアリズムによる特異の世界を追求した小説がある。
美食家であり、借金術の大家であり、また鉄道好きとしても知られ、これらを題材にした作品が多く、奇妙な現実感がありおもしろい。つい先日にはDVD付きのベスト・セレクション『永遠のディーヴァ』(写真)がリリースされ、ヒットを記録していますが、今度は彼女の残したオペラ全曲盤の中から、これまでに好評を博してきた12タイトルが装いも新たに登場することになりました。
16世紀ヴェネツィア地方の室内装飾などの美術・衣装が素晴しい。大きな目に哀愁をこめた女性の姿は「宵待草」などの抒情的な詩とともに、夢ニ調美人画で青年たちを魅了した。第2次世界大戦後作品の真価が認められ、夢二美術館(東京)、竹久夢二伊香保記念館(群馬)などが次々つくられた。
オペラなど劇場音・・・・・・News クラシック輸入盤CDリリース情報〜其の壱Research 池内淳子が出演している大東京火災「介護保険」のCM曲は?Research ホンダ「アコード・ワゴン」CM曲プッチーニ1858年生まれ。
「第九」カラオケ&合唱パート別レッスン

「第九」カラオケ&合唱パート別レッスン
メニューに合わせてちょうどいいタイミングで適量のスチームを発生し、庫内温度や調理時間もコントロールして、お料理を最適に仕上げます。・商品の色は、画面の具合で実物と若干異なる場合があったそうです。給水タンクからポンプで水を供給して、高火力ヒーターで素早くスチームを発生させる直噴方式を採用。
ナイトスクープ, 電子 なネット家電 はぽろたん, パーシー・スペンサー, パクろうぜ, パン粉 らラーメンダイエット, 冷凍食品 「「電子レンジ」の統計グラフ」を含む日記 2007-10-04emi-c ちろの第7官界を求めてurashinjuku tx別館(本とネットの話限定)Fujisou ネガポジ飯店。
マイクロ波を食品に当てて、物質中の水分子を振動させることによって食品を温める。1日に必要とされる野菜を、生で摂取するのは非常に大変です。指先でラクラク回せて、メニューや温度・時間設定がカンタンに。材料を庫内に入れたら、あとはキーを押すだけ。庫内に付着するスチーム時の水滴を、水受けでキャッチ。
庫内をたっぷり使えて、お料理の出し入れも、お掃除もスムーズにできちゃいます。庫内全面*1からの遠赤効果でお料理を包み込み、内部まで効率よく加熱して、こんがり・ふっくら焼き上げます。
ブラームス:交響曲第1番

ブラームス:交響曲第1番
ソ連に戻って1年後に父親がスパイ容疑で銃殺され、母親は強制収容所に送られている。オクターブの和音が連続する変奏曲や上下で音型がクロスする有機性の高さ、など特筆に値するのです。この曲のひとつの聴きどころ、第2楽章中間部の木管が静かに導き、オケとピアノがフォルティッシモで盛り上がる部分などダントツの力強さと美しさですね。
朝比奈先生の解釈というよりはレコーディングエンジニアの好みのような感じがするのです。ヤノフスキは以前、ロイヤル・リヴァプール・フィルを指揮してブラームスの全集を録音しており(1984-86年、CDRSB405)、完成すれば今回は2度目の全集録音となるんだよ。ブラームス ( Johannes Brahms ) SACD 交響曲第1番、ハイドンの主題による変奏曲ヤノフスキ&ピッツバーグ交響楽団"輸入盤CDどれでも2点買うと25%オフ"キャンペーン対象商品です。
コロンビア交響楽団との共演による、ブラームスの作品を演奏した1959、60年録音盤。苦難の時代を生きたヴェデルニコフは当時ソ連で「好ましくない」とされていた20世紀音楽(ヒンデミット、シェーンベルク、ウストヴォリスカヤなど)も盛んに取り上げていて、命しらずといえよう。
そのためか国外での演奏のチャンスは80年代まで与えられなかった。
モルダウ/カラヤン名曲コンサート

モルダウ/カラヤン名曲コンサート
・おむつのようにはかせ、背もたれのあるいすに、マジックテープで赤ちゃんを固定するのです。・前のガードはボタンを押すと飛び上がり、ワンタッチで取り外し可。(前を重ね合わせてボタンでとめることも可)・取り外し可能な赤ちゃん用のフード付き。・片方をお子さんにつけもう片方をママが持つ。
・サイドにあるボタンをとめると赤ちゃんのケープにもなる。・伸び縮みする織ゴム製なので、急に引っぱっても、反動をやわらげる。・ママのおっぱいのように赤ちゃんの口にフィットする乳首。・ベビーバスのサイズに合わせてネットの幅を変えられる。耐熱ポリプロピレン製ですので、電子レンジでも安心してお使いいただけます。
ベートーヴェン:交響曲第3番

ベートーヴェン:交響曲第3番
2つの主題が交互に現れる変奏曲の形式と見るのが一般的であるが、一種のロンド形式、また一種の展開部を欠くソナタ形式と見ることもできる。全員外来演奏家による初演全員が外来演奏家による日本初演はカール・ベーム指揮のベルリン・ドイツ・オペラにより1963年11月7日、日生劇場にて。
^ その研究を参考に音楽学者・指揮者の金子建志も演奏史を含めて自らの著作で言及している。CD時代に入って、それまで重要視されて来なかった楽譜(普及版)のテンポ指示を遵守して演奏された『第九』が複数出現したが、ベンジャミン・ザンダー指揮ボストン・フィルによる演奏は全曲で58分を切った。
問題を解決しようという試みは有ったが、第二次世界大戦前までドイツにあった資料には戦後行方不明になった物があり、誤りの少ない楽譜を作成するには拠るべき資料が不足していたかな?そのため可能な限り多くの資料が揃えられ、スケッチ帳まで遡って成立した順を明らかにする研究が必要で、楽譜作成にあたっては修正の入った資料が重要視される。
それらは演奏実践に有益な示唆を含んでいるが、同時に作曲当時には存在していなかった楽器法を取り入れた結果、曲本来の姿を伝える上では障害ともなっている。
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