ヴィヴァルディ:協奏曲集「四季」

ヴィヴァルディ:協奏曲集「四季」
確かに古いスタイルの演奏であって、実に遅めのテンポ、重めの音色には現代の方々は閉口するかもしれません。自分の通う会社も不況の波にグルグルと振り回され、ついに人員削減の波が現場だけではなく間接部門にも押し寄せてくるとの噂です。彼女のセンス抜群さ(「夏」のゆったりした中間楽章も印象的!)に加え特に「秋」の第3楽章などバルトークに似た響きをスパイスさせているのも面白く独創的で最高ランクとしちゃうんだよ。
演奏は彼女をはじめ各パート各一名(そのメンバーに彼女の父兄がいるのは個人的には台所事情を見た感じがしましたが・・)斬新で正に唖然と聴きこみました。録音は残響多く奥行きも広く、ムードタップリですが、若干ヒスノイズが気になるんだよ。この4月はいつにない規模の大きな組織改変と人事異動が画策されていると聞きます。
私たちは、粗末な家なのでかんぬきでドアを閉めていても北風で寒く感じる。アレグロ(田園曲のダンス) (Vivaldi Spring mvt 3 Allegro(ヘルプ・ファイル))陽気な田舎のバグパイプがニンフと羊飼いを明るい春の空で踊る。ヴァイオリンの一瞬一瞬の“間”に続いての絶え間ない音の連続が荒れる嵐を表現している。
この「四季」でもそういう傾向であり、彼女は高い音楽性を持っていながら、ここまで「四季」をデフォルメするのは、どういう意図なのかわからない。
チャイコフスキー:1812年

チャイコフスキー:1812年
本物の大砲大砲の演出をした演奏クライマックス付近では楽譜上に大砲 (cannon) の指定がある。当初、フランス軍がモスクワを制圧するなど優勢であったが、すぐにロシア軍が全国の軍隊をモスクワに集め反撃しフランス軍は敗北した。陸上自衛隊富士総合火力演習においてはFH-70・155mmりゅう弾砲、4〜6門)任意でバンダ(金管楽器群の増強)原曲にはないが、合唱を加える場合もある。
激しい咆哮が終わると、一転して緩やかな嬰ヘ長調(変ホ短調の平行調である変ト長調と 同じ調)の第二主題に引き継がれ、その後でロシア民謡風の主題も現れる。(推薦者: 藤本理弘)マゼール/ウィーン・フィル盤この演奏では,冒頭やコーダの聖歌を合唱団が歌うようになっている。
通常LPレコードの音溝は肉眼ではっきり認識できないがこのLPレコードでは大砲実射部分のピッチが数ミリで確保されており、誰にでも目に見える形で実射音の迫力を伝えていた。初演の際に本物の大砲を使ったかどうかについては、解説書等でも「実際の大砲が使われ…」というポジティブ(゚∇゚)説や、「チャイコフスキーが生前意図しながら果たせなかった…」というネガティブ説など様々あり、結論は出ていない。
現在では2007年陸上自衛隊朝霞駐屯地の野外コンサート[2]、富士総合火力演習、2008年北海道補給処・島松駐屯地創立56周年記念行事、2008年善通寺第14旅団創隊記念行事[3]や、ボストン交響楽団の夏の拠点であるタングルウッド音楽祭における演奏等で本物の大砲を使った「1812年」の演奏が聴ける。
サン=サーンス:動物の謝肉祭

サン=サーンス:動物の謝肉祭
評論家・森田敬一郎の発言公正で透明度の高い政治・行政、ビジョンを持ち近隣諸国との協調を重視した外交、教育の立て直しで魅力ある「日本」を創ろう。一枚は登場する動物が全部集まって、全体は象の形に集合しているという躍動的な優れもの(親バカ)。そういえば、中学生の頃にカール・ベーム指揮ウィーンフィル、俳優をしているベームの子息がナレーションを担当(カップリングの『ピーターと狼』の方だけかな?)というLPが売り出され、演奏者と曲がミスマッチという印象受けたけれども、ウィーン初演の曲だったんですか。
「ライオン」「かめ」「ぞう」「鳥」「カンガルー」「白鳥」・・・様々な動物たちを描写しつつ、ユーモアと風刺とが色濃く漂う"動物園の大幻想曲"。最近の記事核兵器持ち込み外務省「密約」文書読売、蓮池薫氏のインタビュー記事掲載小泉純一郎氏を日本郵政の社長に金正男氏、中国亡命も?厚労省現職局長逮捕辻井伸行さん、ヴァン・クライバーン氏ミサイルも発射北朝鮮が2度目の核実験オバマ大統領より日本共産党の書簡に返事「ふまじめ」麻生への対抗馬には、「きまじめ」岡田がいい。
たまたま2台のピアノのうち一人は、昨年熱海のMOA美術館でとてもセンスの良いプーランクの「ナゼールの夜会」を聴かせてくれた森田由子さん(親戚ではない)だ。
マーラー:交響曲第8番《千人の交響曲》

マーラー:交響曲第8番《千人の交響曲》
合唱団には音楽祭に参加していたウィーン楽友協会合唱団250名、リーデル協会合唱団250名に、ミュンヘン中央歌唱学校の児童350名が加わった。一方で、マーラー自身も自作の演奏機会の拡大とともに、より作曲に専念できる環境を求めるようになっており、歌劇場での活動との両立が困難になり始めていた。
同年2月、アルノルト・シェーンベルクの弦楽四重奏曲第1番、室内交響曲第1番の初演を聴き、シェーンベルクの音楽を熱烈に支持するのです。これについて柴田南雄は、「来たれ、創造主」の賛歌はカトリック教会では聖霊降臨節の晩課をはじめ、種々の儀式にグレゴリオ聖歌として歌われるものであり、マーラーがドイツ語のミサ典書か祈祷書を持っていれば容易に訳文を目にすることができたはずだと指摘している。
会場は、博覧会会場である新祝祭音楽堂で、コンクリートとガラスを主に使用した、当時としては先進的な建造物であった。このゲーテの「神秘の合唱」で、「永遠に女性的なるものがわれらを高みへと引き上げ、昇らせてゆく」という詩は、女性の愛を、天上世界へ導く「浄化」作用として象徴的に歌い上げているという解釈が一般的になされる。
音楽的には、音階組織としての調性音楽からは逸脱していないが、大がかりな編成、極端な音域・音量、テキストの扱いなどに表現主義の特質が指摘されてますよん。
ドイツ・グラモフォン111

ドイツ・グラモフォン111
DGに遺されている古今の名指揮者、大指揮者の名演を、CD6枚に111曲収録した、一大管弦楽曲集となっている。R.シュトラウスやフルトヴェングラーなど伝説の巨匠から、カラヤン、バーンスタイン、ベームら往年の大指揮者たち、そしてドゥダメル、ラン・ラン、ブレハッチら時代の最先端をひた走る若き天才たちまで、この6枚組に収められた111の名演を聴けば、ドイツ・グラモフォンの栄光の歴史が網羅できること間違いなしです。
DGの歴史もレコードの歴史も一望できるBOX。

